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仙台高等裁判所 昭和54年(行コ)5号 判決

控訴人(原告) 渡辺一郎

被控訴人(被告) 福島県警察本部長

主文

原判決を取消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一申立

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和五二年二月四日控訴人に対してなした運転免許の効力を六〇日間停止する旨の処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張および立証

当事者双方の主張および立証は、主張につき次のとおり付加されたほかは、原判決が事実欄に摘示しているのと同じであるから、ここにこれを引用する(但し原判決二枚目表四行に「大型自動者」とあるのを「大型自動車」と訂正する)。

(控訴人)

一  本件事故当時、鈴木車は時速一〇〇キロメートルを超えて走行していた可能性がある。控訴人が前者を追越そうと決意した地点では、鈴木車は控訴人車より六三・四メートルないし一〇四メートル後方にあつたのであり、控訴人がルームミラーおよび右フエンダーミラーで後方を確認したとき、鈴木車はその視界の中になかつたのである。停止中の車内からバツクミラーを凝視するのであれば発見が可能であつたとも言いえようが、走行中前方にも注意を払いつつ瞬間的にバツクミラーを見るほかない状況下では、右の如き距離にある後続車を発見確認するのは困難である。

したがつて、控訴人には後方安全確認義務の違反はない。

二  仮に控訴人に安全運転義務違反があつたとしても、当該違反行為と事故(被害者の死亡)との間に相当因果関係は存在しない。事故を起こしたのは鈴木車であつて控訴人車ではないのである。控訴人の安全運転義務違反は、最大限に見ても事故と条件関係があるにすぎない。点数付加は行政罰の一つであるのに、相当因果関係のない結果についてまで行政罰が課されるとすれば責任論の原則が根底から覆えされ、行政庁の恣意により行政罰が過重される危険が生ずる。他人の行為について責任を問われるについては一定の限界があるのは当然であり、その限界は相当因果関係によつて画されるべく、単なる条件関係で足りるものではない。控訴人は因果関係の中断を主張するものではなく、相当因果関係の不存在を主張しているものであるが、仮に「条件関係の中断」が問題になるとしても、本件の場合は、鈴木車は制限速度に違反し、毎時約一〇〇キロメートル(被控訴人の主張によつても八〇ないし九〇キロメートル)の高速で走行していたのであり、仮に控訴人の追越行為がなかつたとしても、例えば猫などが突然進路上にとび出してこれを轢けば、そのシヨツクでハンドルをとられて本件と同じ事故を起す可能性があつたのであつて、しかも控訴人の右側への転進に気づいたが制動措置をとらず、単に右に転把することにより控訴人車の右側を追い抜くことができるものと軽信し、本件事故を起したのであるから、条件関係を中断するに足りる特別な事情があるというべきである。

(被控訴人)

一  鈴木車が毎時一〇〇キロメートルを超える速度で走行していた事実はない。同車の時速が八〇ないし九〇キロメートルであつたことは、鈴木車が控訴人車とかするように接触したのち、相互に約一〇メートルの距離内に停車している点からも裏付けられる。

二  後方確認の可能性については、停止中に凝視する場合に比して、走行中はかえつてミラー面に投影される路面および周囲の状景が一定速度で後方に流れるように遠ざかつて行くのに対し、後続車は自車と同速度であればその影像がミラー面に固定して写し出され、それが高速で迫つて来る場合は接近するに従つてその影像がぐんぐん拡大してくるのであり、このように後続車の動静は周囲の状景との対比において一層明瞭に識別できるのである。後続する鈴木車を発見することはミラーにより、十分可能であつたというべきである。

三  道交法施行令所定の点数付加は行政罰ではなく、禁止行為の解除(免許)の撤回にあたる運転免許停止処分という行政行為をするに際して判断基準となるものにすぎない。

四  控訴人の違反行為がなければ鈴木良法も進路変更を差控えるなどして本件死亡事故に至らなかつたことが明らかであるから、控訴人の違反行為と本件事故との間に相当因果関係が存することは明らかである。

理由

被控訴人が控訴人に対し、昭和五二年二月四日到達の処分通知書をもつて、昭和五一年一二月四日控訴人において死亡事故を伴う安全運転違反行為を犯したとの理由により、道路交通法一〇三条二項二号に基づき、控訴人の有する第一種大型自動車、同普通自動車各種運転免許(免許番号第二五六六〇七八四〇九二―四六一二号)の効力を六〇日間停止する旨の処分をし、その後道路交通法一〇三条九項、一〇八条の二第一項二号により右期間を三〇日短縮したことは、成立に争いのない乙第一号証と本件弁論の全趣旨を総合して、これを認めることができる。したがつて本件訴状が原裁判所に提出された昭和五二年九月六日当時、右処分の効力は時間の経過により既に消滅したことが明らかである。

およそ行政処分取消しの訴は、当該処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後でも、なお右処分の取消によつて回復すべき法律上の利益があるかぎり、提起することができる(行政事件訴訟法九条括孤書)。よつて右訴の利益の存否について判断する。

運転免許停止処分の効力が消滅した後においても、なお被処分者が蒙るべき不利益としては、その名誉信用が低下し、そのため就職あるいは道路運送事業の免許を受ける際など不利な情状として作用する可能性があるが、これらは該処分がもたらす事実上の効果にすぎず、法定の効果ではないから、この除去を求めることが法律上の利益にあたるとは言い難い。また道路交通法は、違反歴、処分歴のある者が再度の違反行為をした場合につき、一定の前歴を有する者に対してはいわゆる反則手続による途を閉ざして刑罰を科すこととし(一二五条)、運転免許の停止または取消処分をするにあたつても、前歴の有無が処分そのものないしは処分内容の決定に影響を及ぼす旨規定し(一〇三条、同法施行令三八条、同別表第二)ているが、反面右各規定によれば、たとえ一つ以上の前歴があつても、その中に過去一年以内の前歴がなければ、再度の違反について反則手続がとられ、或いは前歴による「点数」が抹消されて新たな処分決定に影響を及ぼす前歴とはならないものとされており、他に右の前歴の故をもつて被処分者を不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はない。したがつて本件処分後一年を経過した昭和五三年二月五日以降においては、判決によつてこれを取消してみても、控訴人に法律上の利益を回復させる余地はないことになる。

また過去において既に発生した侵害についても、先ず処分の取消判決を得てその処分の公定力を失わしめなければ回復できないものではない。このような侵害の回復は、国家賠償法上の損害賠償請求訴訟により直截的にその救済を求めることができるのである。

したがつて行政事件訴訟法九条括孤内において法が特に指摘した「法律上の利益」は控訴人には存在せず、本件訴は訴の利益を欠く不適法なものといわなければならない(最高裁判所昭和五五年一月二五日判決、同庁昭和五三年(行ツ)第一七〇号事件参照)。

よつて本件につき本案判決をした原判決を取消して本件訴を却下することとし、民事訴訟法三八七条、九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 田中恒朗 武田平次郎 小林啓二)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が、昭和五二年二月四日、原告に対してなした、運転免許の効力を六〇日間停止する旨の処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は、昭和四九年三月九日、福島県公安委員会から第一種大型自動者、同普通自動車各運転免許(免許番号第二五六六〇七八四〇九二―四六一二号)を得ていた。

2 被告は、昭和五二年二月四日到達の処分通知書(第四八一一号)をもつて、原告に対し、安全運転義務違反により致死事故を起したことを理由に、原告の右運転免許の効力を六〇日間停止する旨の処分(以下、本件処分という。)をした。

3 しかし、原告は、そのように安全運転義務違反により致死事故を起こしたことはないから、本件処分は違法である。

よつて、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因第一、二項の各事実はいずれも認める。

2 同第三項は争う。

三 抗弁

本件処分は次のとおり適法である。

1 原告は、昭和五一年一二月四日午後零時四五分ころ、普通貨物自動車(ライトバン・福島四も六三〇号、以下、原告車という。)を運転して県道四倉、小名浜線(歩車道の区別がなく、アスフアルト舗装され、幅員は七・五メートルである。)を小名浜方面に向けて時速四五ないし五〇キロメートルで前車に追随走行していたが、いわき市平下高久字原九九番地先にさしかかつた際、前車を追越そうとした。その際、折から鈴木良法が普通自動車(以下、鈴木車という。)を運転して、原告の後方から前車四台を連続して追越そうと、前記道路右側を時速八〇ないし九〇キロメートルで進行してきて同道路右側端を小名浜方面に向け歩行中の箱崎常子(当時五九歳)に衝突し、同女をはねとばして即死させた。

2 右の本件事故は、原告が前車を追越そうとして、後方の安全を十分に確認しないままセンターラインを越えて追越にかかつたため、追越中の鈴木車が原告車との衝突を避けるため右に転把した結果発生したものである。

3 原告の前記行為は、道交法七〇条、同法施行令別表第一の一「違法行為に付する基礎点数」安全運転義務違反、による二点及び同別表第一の二「違反行為に付する付加点数(交通事故の場合)」人の死亡に係る交通事故のうち「中欄に規定する場合以外の場合における点数」九点に各該当し、合計一一点となるから、同法施行令三八条一項二号イに該当する。

よつて被告は同法一〇三条二項二号、一一四条の二、第一項により本件処分をした。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は認める(但し、鈴木車の時速は約一〇〇キロメートルである。)。

2 同2の事実は争う。後記のとおり原告には何ら注意義務違反はない。

3 同3の事実中、原告の行為が被告主張の法条に該当することは争う。

4 原告の主張

(一) 本件事故は、鈴木の行為に一切の原因がある。即ち、鈴木が原告車の右側を二重に追越すつもりで時速約一〇〇キロメートルで突込んできて本件事故を起こしたのである。仮に、鈴木が原告車との衝突を避けようとしたのならば、右に転把するよりも手前で制動措置をとつているはずである。

(二) 原告には安全運転義務違反がない。

即ち、原告は追越しを決意し、方向指示灯を点滅させた時点では後方の安全を確認したが、鈴木車は見えなかつた。次に原告は徐々に右に寄りながらも後方に注意を払い、それとともに、徐々に前方に対する注意にも重きを置きつつ追越しにかかろうとして、未だ前車の後方右側に出ない時、突然、その後方から鈴木車が猛烈な速度で接近してきた。

原告としては、右の程度の注意を払えば足り、その余は後続車が原告車と衝突しないよう安全運転すべきであり、他車が予想外の速度で更に後方から追越しをかけてくることはないであろうと信頼することは当然である。

(三) 本件処分には次のとおり法令の解釈を誤つた違法がある。

(1) 道交法施行令別表第一の二違反行為に付する付加点数(交通事故の場合)の「人の死亡に係る交通事故」の「中欄に規定する場合以外の場合」とは、死亡と違反行為との間に相当因果関係が存する場合のみを指し条件関係のみが存する場合は含まれないと解すべきところ、本件の場合には死亡と違反行為との間に相当因果関係がない。仮に、右条項が条件関係のみが存する場合をも含むとしても、本件では、原告の違反行為と死亡事故という結果との間には、鈴木の違法行為が介在しているから、因果関係はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一 請求原因第一、二項の各事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、被告主張の抗弁につき以下に判断する。

1 抗弁1の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

2 そこで、まず原告の行為が安全運転義務に違反するかどうかにつき、以下に検討する。

各成立に争いのない乙第一ないし第九号証、第一一号証の一ないし一〇、第一三号証、第一五、第一六号証、証人鈴木良法、伊藤久雄、斎藤達郎、那須滋、本名竜男の各証言、原告本人尋問の結果(一部)を総合すると次の事実が認められる。

(一) 本件事故の発生した道路は歩車道の区別がなく、アスフアルト舗装され、幅員は七・五メートルで、勾配のない直線道路であり、本件事故現場前方、後方には視界を妨げる障害物は存在せず、事故時の天候は晴であつたから、原告車からの後方見通しは良好であつた。

(二) 原告車のルーム・ミラー、右フエンダー・ミラーは、本件事故に至る走行中、正常な位置と状態で取付けられており、原告車後方の状況を正確に写し得た。

(三) 本件事故後間もなく実施された実況見分時における、右各ミラーによる、原告が追越しを決意した地点(以下、甲地点という。)からの後方見通しは九〇メートル以上あつた。

(四) 原告車が甲地点に存在した瞬間、鈴木車は、甲地点の右側車線後方約二六メートルから約五二メートルの範囲内に存在した。

(五) 鈴木は、先行車両四台を一気に追越そうとしていたものであり、追越しを開始した地点から衝突地点に至る間、一度も進行方向左側車線に入つたことはない。

(六) 原告が、追越しを決意した地点である甲地点から、同人が道路右側に出始めた地点(以下、乙地点という。)までは、二八メートル余りあるが、この間、原告は、鈴木車が後方から追越しをかけてきていることを認識していない。

以上の各事実が認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実を総合すると、原告が、甲地点又は同地点から乙地点に至る間に、主張のように後方確認していれば、鈴木車を発見することは十分可能であつたというべきである。にもかかわらず、原告が、甲地点又は同地点から乙地点に至る間において、これを認識したことはなかつたというのであるから、原告は、自動車運転手として、前車を追越そうとする場合、ルーム・ミラー又はバツク・ミラー等により後方の交通に十分注意し、既に後方から追越しにかかつている自動車の有無を確認して追越しを行うべき義務を怠つたものというべきである。

従つて、原告の本件義務違反は、道交法七〇条、同法施行令別表第一の一「違反行為に付する基礎点数」安全運転義務違反に該当する。

3 次に、本件死亡事故が原告の右違反行為に因るものであるかどうか検討するに、道路交通法施行令別表第一の二「違反行為に付する付加点数(交通事故の場合)」人の死亡事故に係る交通事故のうち「中欄に規定する場合以外の場合における点数」(以下、付加点数の場合という。)にいわゆる「中欄に規定する場合以外の場合」とは、当該違反行為が一つの条件となつて当該死亡事故が発生した場合を指すと解されるところ、原告が、右安全運転義務違反により鈴木車を発見しなかつたため、乙地点で進路を右側車線上にとり始めた後、鈴木が自車の進路を右方に転じたため、鈴木車が歩行中の箱崎に衝突し、同女を即死させたものであるが、前掲各証拠によれば、原告の前示違反行為がなければ、進路変更が差し控えられるなどして、本件死亡事故もなかつたことは明らかであるから、本件違反行為は付加点数の場合に該るというべきである。

原告は、いわゆる因果関係の中断を主張するもののようであるが、原告の安全運転義務違反と本件事故との条件関係が中断されるというためには、単に鈴木の違法行為が介在するだけでは足りず、鈴木が、自車進路を右へ転把した後、制動措置をとりうる状況にありながら、かつ、制動措置をとれば本件死亡事故が回避できたのに、鈴木が敢えて制動措置をとらなかつたために本件死亡事故が起きたなどの特別な事情がない限り、条件関係が中断されることはないというべきであるところ、本件全証拠中には、右のような特別な事情を認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。

三 そうすると、本件処分は適法になされたというべきであり、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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